いやな感じ
傑作である。どうしてここまで読まず来てしまったのか後悔この上ない。多感なときに読みたかった。
でも、背伸びしがちな高校時代、題名を見て、なんか軽い感じがして、なよなよした中間小説だろうと思いこんで読まなかったんだよな。
純文学的にいえばセリーヌである。大衆文学的にいえばロマン・ノワールであり、ハードボイルドでもある。
窒息状態にある現在の純文学にはないパワーである。
映画化すべきである。現代風にアレンジして園子温監督あたりにやってほしい。
何の話かというと高見順の小説「いやな感じ」である。
安保法案をめぐり、安倍政権に対し「いやな感じ」という言葉が投げかけられた。
文学好きならこの小説を思い出しただろう。226事件を経て日中戦争に突入するその時代背景と重ねたくなるからだ。
しかし、よく読めば、この両者の「いやな感じ」はかなり違っている。が、さらによく読むと、根本的なところで実は同じである。
要は、時代の窒息感から生の拡充をめざし、逃れようとしても、うまくいかないそのいやな感じである。主人公はアナーキストとして革命に夢を託すテロリストである。
無意味な殺人を繰り返し、最後は中国の戦場で、無辜の農民がスパイとして日本軍に斬首刑に会うその瞬間、娘の溺死、親友の憲兵による拷問死の知らせを受け絶望した彼は、自分にやらせろと兵隊から日本刀を奪い、中国人の首を切る。しかし、頚椎に引っかかってしまう。
この中途半端な感じが「いやな感じ」なのである。さらに、それにもう一度刀を入れる。それでも、首の皮が残る。これが「いやな感じ」なのである。
ここまでの殺人も、革命とは程遠い無意味な殺人である。窒息感から脱出しようとしてパワーを爆発させるが、なんの効果もないばかりか陰惨な結果しか生まないのである。
この窒息感は現在の多くの日本人が感じているものだろう。特に、安倍政権の安保政策を支持している人たちにはその思いが強い。
憲法を改正すれば窒息感から逃れられる・・・。軍備を増強し、武力で外国を威圧すれば窒息感から逃れられる・・・。
しかし、それは幻想だ。集団安全保障(COLLECTIVE SECURITY)に向かうべき時代に、勢力均衡(BALANCE OF POWER)(集団的自衛権)を目指せば日本は孤立するだろう。そして、歴史の教訓として戦争の危険が高まる。
アメリカの関心が中国に向いてく中、官僚の焦りはよくわかる。それを安全保障を利用しこっちを振り向かせようとするのは国益に害する。たとえ、尖閣で事件が起こっても、アメリカは助けてくれないだろう。
今回の安保法案は皮肉だ。日本の軍備強化には役に立ったようだが、アメリカという最大の窒息感を与えている相手国と同盟関係を強化しなければならなくなったのだ。このねじれが、ますます窒息感を強めていくだろう。
さらに、経済面で言えば、アベノミクスの失敗は間違いなく訪れる。
もしかしたら、自然災害とダブルパンチでその悲劇は来るかもしれない。そうなったら、どうなるのだろう。
実は、個人的には、最悪の場合、次の戦争はアメリカとの間で起こると考えている。憲法改正、核兵器保有、孤立・・・歴史は繰り返す、最初は悲劇として、次は喜劇として。
「いやな感じ」という歴史が繰り返されている。これを脱するには、政治の在り方、経済の在り方などあらゆる面でパラダイム的転換をすべきである。
政治の面で言えば、今回の安保法案に対して行われたデモ。これはその萌芽として大切にしていきたい。熟議を前提とした住民参加の方向である。
経済の面で言えば、費用が便益を上回る量的な経済の成長ではなく、便益が費用を上回る質的な経済的成長である。いわゆる定常経済である。
社会保障の面で言えば、ベーシックインカムが有効だと考えている。
いけない長くなった。
終わります。